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★ 殿洞聖堂

[韓国のカトリック歴史と一緒にする殿洞聖堂]

韓屋村の入口の所に建てられた素朴でこじんまりとした様子の殿洞聖堂。殿洞聖堂は1791年の辛亥迫害のとき、ユン・ジチュン(パウロ)が母親喪のとき教理に従って位牌を燃やす上、祭祀を執り行なわないことで、当時の儒林たちから非難された。またユン・ジチュンと関わったクォン・サンヨン(ヤコブ)が断罪された韓国初のカトリック殉教地であり、湖南の母胎本堂となった伝教のメッカだ。

二人の聖人が亡くなってから100年が経つ1891年の春、殉教地に本堂を設けて伝教を始めた。初代の主任神父であるボドゥネ神父が殉教100周年を記念して1908年に建て始め、ソウルの明洞聖堂を設計したプワネル神父の協力で1914年に完工された。着工から聖典の奉献まで約23年がかかった。


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日帝強点期の当時、統監府は全州に新しい道路を作るために豊南門の城壁を壊した。ボドゥネ神父は壊された城壁の石を拾い、聖堂の礎石として用いた。聖堂の地下には当時、用いられた礎石が聖堂を支えている。工事は中国人の煉瓦工およそ100人が動員され、壊された全州城の土で煉瓦を作り、石材は全北益山の黄登山の花崗岩を馬車で運んで来た。木材は致命者山で伐木して使った。

殿洞聖堂は完全な格式を取り揃えたロマネスク様式として、東西洋が融合された様子から母の懐のような温もりが漂う。湖南地方の洋式近代建築物の中で最も規模が大きくて古い建物として知られている。


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花崗岩を基壇として用いた赤煉瓦の建物として、内部は丸い天井になっている。中央の鐘塔を中心にして両方に配置された小さな鐘塔は調和された立体感と建物の上昇感を増す。ビザンチン風の鐘塔は建物と合わさって写真撮影スポットとしても人気を得ている。

聖堂の前に立てられた白いキリストの像は聖堂の美しさをより引き立たせる。 '韓国初の殉教地' と刻まれた記念碑は悲しいカトリックの歴史がこもった殿洞聖堂の存在意義を再認させる。

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